
2025年12月に開催された「Green Innovator Forum 2025」。各界の有識者や実務家が集い、グリーン領域における最新の論点や実践知について議論が交わされました。本レポートでは、当日行われたキーノートセッションの様子をお伝えします。
テーマは「変化する世界秩序と気候ガバナンス:リーダーに求められる視座」。地球環境問題の最前線で活躍されてきた石井菜穂子氏を迎え、グローバル・コモンズの危機や国際交渉のリアル、そして今後のリーダーに求められる視点について、モデレーターの山田唯人氏とともに議論が繰り広げられました。
石井 菜穂子 氏(東京大学 グローバル・コモンズ・センター ダイレクター/元地球環境ファシリティ CEO)
山田 唯人 氏(McKinsey & Company Senior Partner)

山田氏:
本日は、石井先生のこれまでのグローバルでのご経験やハードシップ、現在の国際的なルール形成の状況について伺いながら、未来のリーダーに必要な視点についてお話しいただければと思います。まず、グローバルな課題とどのように出会い、ターニングポイントは何だったのでしょうか。
石井氏:
ありがとうございます。私はこれまで毎年のように、グローバル・コモンズの話をしてきました。グローバル・コモンズというのは、人類の共有財産であり、みんなが恩恵を受けている一方で、誰のものでもないために、誰も責任を持ってケアしないままだと失われてしまうかもしれないものです。
私にとって最も大きなグローバル・コモンズは、安定的でレジリエントな地球システムです。そして今、この地球システムが崩壊の危機に直面しています。以前もお見せしたことがありますが、「プラネタリー・バウンダリー」が示しているのは、私たちの文明の基盤となっている安定した地球システムの重要な機能が、すでに危険な領域に入りつつあるという現実です。今年の夏には、これまで6つだった危険領域が7つに増えたという指摘もありました。気候変動だけではなく、生物多様性や水、海など、さまざまな領域で、人間の経済・社会システムが地球の安定性を損ないつつあるのが現状です。環境問題というと気候変動だけの話に見えがちですが、実はそうではなく、私たちの経済社会システムそのものが問われているのだと思います。
私自身、1981年に財務省に入ってから長い間、環境問題を自分の中心テーマとして捉えていたわけではありませんでした。大きく視点が変わったのは、2010年ごろに地球環境ファシリティ(GEF)のCEO選に出てみないかと勧められたことがきっかけでした。その後、環境分野の方々と2年ほど対話を重ねる中で、これは単なる環境問題ではなく、人類の経済・社会システム全体をどう変えるかという大きなテーマなのだと気づきました。

山田氏:
GEFのCEOとしては、各国からの資金を預かりながら、183カ国が関わる場で交渉を進めてこられたと思います。大変だった局面や、印象に残っていることはありますか。
石井氏:
やはり大変だったのは選挙でした。GEFは、国連型の一国一票の仕組みと、資金拠出国の影響力の両方がある場です。アフリカの国々や島しょ国の1票も大切ですし、G7のような資金力の大きい国々の影響も無視できません。そうした仕組みの中で、どうやって世界全体の理解を得ていくのか、国際システムの現実に直面しました。
また、その過程で、グローバルサウスの声が今の仕組みでは十分に拾われていないことも強く感じました。グローバルノースにとっての環境問題と、グローバルサウスにとっての環境問題は、見え方がまったく違います。島しょ国のように、自国が海に沈むかもしれないという生存の危機を抱えている国もあります。一方で、先進国側はもちろん問題意識はあっても、その切迫感は同じではありません。そうした中で、南にも北にも納得してもらえる戦略をどう描くかは、非常に大きな課題でした。

山田氏:
在任中には組織の改革にも取り組まれたとうかがっています。リーダーとして、やって良かったこと、あるいはもっと違う進め方があったと思うことはありますか。
石井氏:
私にとって大きな発見は、やはり「プラネタリー・バウンダリー」という考え方でした。地球環境ファシリティの使命は、個別の環境課題に対応することにとどまらず、地球全体のシステム変革を支えることにあるのではないかと考えたんです。そこで、その考え方をミッションの中に打ち出そうとしました。
ところが、組織の中では強い反発が起こりました。科学者はそれぞれ、自分の専門領域に非常に強い責任感と誇りを持っています。生物多様性の中でもさらに細分化された領域を担っていたり、水の中でも特定のテーマに深く向き合っていたりする。そうした方々に「これからは全体を見てプログラムを考えましょう」と言うことは、考え方の前提を大きく変えることだったので、理解を得るまでに1〜2年近くかかりました。
やって良かったと思うのは、リーダーとして「これだ」と思う方向性に対してコンヴィクションを持ち、簡単に諦めなかったことです。一方で、やり方として反省しているのは、いきなり「これだ」と打ち出してしまったことです。もっと丁寧にコンサルテーションを行い、人々がどう受け止めるかを踏まえながら進めるべきだったと思います。信念を持つことと、それをどう伝えるかというプロセスは、どちらも大事なのだと学びました。

山田氏:
現在の世界情勢の中で、気候変動をめぐる国際交渉には希望もあれば難しさもあると思います。現在の状況をどう見ていらっしゃいますか。
石井氏:
COPを見ていると、全員一致を前提とした仕組みにはやはり限界があります。脱炭素は必ず反対勢力が存在する分野ですから、誰かが反対すると前に進まない。そういう意味では、ロードマップを描ききれないことにも、ある程度構造的な理由があります。
一方で、今回はCOPの外側、あるいは周辺で、有志の国や企業が新しいプロセスを立ち上げようとする動きも出てきました。やりたい国、やりたい企業、やりたい参加者が連携して進める、有志連合のような形です。もちろん政治的に利用される懸念など、手放しで喜べるわけではありませんが、全会一致では進まない現実を考えると、こうした動きには一定の可能性があると思います。
また、2015年のパリ以降、交渉文書そのもの以上に、それを支えるアクションアジェンダが非常に活発になっています。今回も、農業や森林、自然資本に関わる議論が大きなテーマでした。特にAmazonのような場所で開催されたこともあり、森林や熱帯地域をどう守るか、その根底にあるバイオエコノミーとの関わりをどう考えるかは、とても重要な論点だったと思います。
山田氏:
日本の存在感という点では、どのような可能性があるとお考えでしょうか。
石井氏:
日本は、これまでCOPや国際会議の場であまり存在感が見えにくいと感じることもありましたが、これから大きな役割を果たせる可能性がある分野があります。その1つが自然資本です。TNFDのような自然関連財務情報開示の枠組みに賛同する企業数は、日本が世界でも非常に多い。これは、この分野への親和性の高さを示していると思います。
これからは、単に開示するだけでは先に進みません。開示された自然の価値をどう位置づけ、どう経済や取引の仕組みに持ち込んでいくのかが重要になります。そこに日本が早くから乗っていけば、大きなリーダーシップを発揮できる余地があると思います。
また、これからのリーダーには、サイエンスが今何を示しているのかを正確に捉える分析力が必要です。2度目標が難しくなっているからといって諦めるのではなく、ではどうすれば少しでもそこに近づけるのか、どこに大きな削減余地があるのか、GHG削減に効果のある領域はどこか、そうしたことを科学に基づいて見ていく必要があります。そのうえで、日本の企業や人材が他の国々と連携しながら何ができるのかを考えることが重要だと思います。

会場からは、グローバルノースとグローバルサウスの双方にどう納得感を持ってもらうか、また科学が果たすべき役割を果たしにくくなっている中で何が必要か、といった質問が寄せられました。
石井氏:
サイエンスが示していることを、どう政治や政策の言葉に翻訳していくかは、大きな課題です。科学者が重要な警鐘を鳴らしても、それがそのまま政策につながるわけではありません。その間をつなぐ人や場が不足しているのだと思います。
一方で、国際機関や大きな枠組みの力が相対的に弱まっているように見える中でも、ローカルな現場では着実にアクションが起きています。大事なのは、そうしたローカルなアクションを、どうグローバル・コモンズの保全につながる道筋にしていくかだと思います。国際機関に何を期待するかだけではなく、地域や現場で起きている変化をどう束ねていくかが、これからますます重要になるのではないでしょうか。

山田氏:
最後に、これからの社会を担う皆さんに向けて、一言メッセージをお願いします。
石井氏:
サイエンスがこう言っていても、現実には政治が大きく邪魔をすることがあります。それでも、どうやってグローバル・コモンズを守るかという高い目標を諦めてはいけないと思います。ここでアンビションを下げてしまったら終わりです。
そのうえで大切なのは、自分の役割がどうやって大きな変化につながっていくのかを見極めること、そしてそれを誰とやるのかを選ぶことです。私自身も、これまでいくつかの大きな転機を振り返ると、やはり一緒にやる人が見つかったことが大きかったと感じています。組織の中だけでなく、社会の中で同じ志を持つ人たちとどう仲間になり、一緒にアンビションを持てるか。それが非常に重要だと思います。
グローバル・コモンズの課題は、こうした志を持つ人たちが、組織や立場を超えて集まり、コアリションをつくることで前に進んでいくものでもあります。地政学が揺らぎ、サイエンスへの信頼も問われる時代だからこそ、自分の周りにそうした仲間を見つけ、その人たちと一緒に動いていくことが、これからますます大切になるのではないかと思います。
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