
脱炭素社会の実現を牽引する次世代のイノベーター育成プログラム「Green Innovator Academy」の第5期は2025年8月に開講、社会人プログラムには企業や官公庁、自治体の職員、約50名が参加しています。今期は新規事業立案コースと政策提言コースの2つを実施しています。
政策提言コースでは、アジアのGXの支援、日本の地域脱炭素という2つのテーマを設けて、現場視察を踏まえた上での実効的な政策提言・議論に向け、テーマごとにフィールドワークを企画しています。本記事では、アジアGXに向けた政策提言に取り組むチームが参加した、フィリピンフィールドワークの様子を紹介します。
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<1日目>
初日は、マニラから車で約2時間の場所にある Masungi Georeserve を訪れました。この自然保護区は、フィリピン・リサール州の熱帯雨林に広がる場所で、1996年から、伐採により荒れてしまった森を再びよみがえらせる取り組みが続けられています。今回のフィールドワークでは、そんなMasungiで「Legacy Trail」というプログラムに参加し、現役レンジャー案内のもと森を歩き、実際に森の再生活動を体験しました。かつての大規模な伐採で生態系が崩れ、川が枯れ、木々が失われてしまった場所を歩いたり、一本一本の苗木がしっかりと根付くように周りの雑草を取り除く作業も行いました。現場で感じたのは、“森はゆっくり、でも確実に回復している”ということ。人の手で荒れてしまった土地が、人の手によって再び息を吹き返していく。その循環の一部に関わることができました。また、Masungi Georeserveのスタッフの方々から、違法伐採や採掘、不動産開発など、今も続く課題についても直接お話を伺いました。自然を守る活動の裏側にある現実や葛藤を知り、参加者それぞれが真剣に耳を傾け、感じたことや疑問に思ったことを言葉にして共有しました。


<2日目>
フィールドワーク2日目には、世界銀行(World Bank)金平直人氏とのランチ懇親会を実施しました。懇親会では、環境問題にとどまらず、貧困、教育、政治といったフィリピン社会全体の課題や構造的背景について詳しくお話を伺いました。金平氏からは、国際機関としての支援の在り方や、現地コミュニティとの協働によるプロジェクト推進の重要性など、さまざまな知見に加え、現場で直面しているリアルな課題や実情についても教えていただきました。また、参加者からの率直な疑問や関心にも丁寧に答えていただき、政策提言を行う上での背景や根拠を整理するうえで非常に有用であり、現地の実情を踏まえた具体的かつ実践的な提案を考えるための基盤となる時間でした。

<3日目>
最終日は、フィリピン・ケソン州サリアヤ市に位置するセントロン・パミリハン卸売市場を訪問しました。本市場は農家の生産物を集約して流通・販売する中央卸売市場であり、非営利の民間財団として設立され、農家と卸売業者がメンバーとして参加することで、公正な取引を実現しています。市場の主な取扱品は低地野菜が中心で、農家が出荷しやすいように輸送支援が整備されており、さらに技術指導や小口ローン、貯蓄制度、奨学金など、多面的な支援も行われています。また、出荷情報や取引データをデータベース化し、取引の透明性や効率化を図るなど、情報管理の仕組みも導入されています。参加者は市場関係者との交流を通じて、現場での運営の工夫や課題、地域経済への影響を直接学ぶことができました。農家が安心して出荷できる仕組みや、取引の透明性を確保するデータ管理の重要性、さらに小口ローンや技術指導など、多面的な支援が組み合わさることで、地域全体の生産性や生活の安定につながっていることを学びました。また、JICAなど国際機関の支援が市場運営や農家支援に反映されている点も確認でき、地域開発や農業支援の現場における国際協力の役割を理解する良い機会となりました。参加者からの率直な疑問にも丁寧に答えていただき、環境や農業問題にとどまらず、地域社会全体の課題や持続可能な経済活動について考えるきっかけとなりました。この市場視察を通じて、理論だけでは見えにくい現場のリアルな運営や地域の構造を学ぶことができ、今後の政策提言や地域支援の検討における貴重な知見を得ることができました。


市場を訪問した後、本FWの最後はデンソーフィリピンが運営するスマート農場サイトを訪問しました。最先端の技術を取り入れた施設園芸型農業のモデルケースであり、この農場では、高付加価値作物を対象に、養液栽培(ハイドロポニック)とIoTによる自動給液・養分制御システムを導入しています。土壌を使わない循環型の栽培方式により、水資源のリユースや省資源化が可能となり、環境負荷を抑えた持続可能な農業を実現しています。また、この農場では、デンソーの自動車部品製造業で培った生産管理のノウハウを農業に応用しており、製造業と農業の融合による新しい生産モデルとして注目されています。さらに、フィリピンにおける気候変動や人手不足、食料自給率の低さといった社会課題に対応することを目的としています。このスマート農場は、単なる作物生産の場にとどまらず、敷地内には農業学校が設置されていたりと、地域における農業の魅力化や人材育成のモデルとしても位置づけられています。技術と地域資源を融合させることで、農業の価値向上や持続可能な地域社会の構築に貢献している点が大きな特徴です。このスマート農場の視察を通じて、技術革新と地域資源の融合がもたらす持続可能な農業や地域社会の可能性を体感することができました。加えて、製造業のノウハウと農業を組み合わせる取り組みは、異なる分野を掛け合わせることで生まれるイノベーションの具体例として、参加者が新しい発想や課題解決の方法を考えるうえで非常に示唆に富むものでした。今回のフィールドワーク全体を通じて得た知見は、環境保全や地域開発にとどまらず、多角的な視点で問題を捉え、異なる知見や技術を融合させて新しい価値を生み出すことの重要性を学ぶ貴重な経験となりました。


フィールドワークに参加した参加者からは、
「現地に行く事でフィリピンの課題を肌で感じる事が出来た。街を歩いたりちょっとした事でも現地に行かないと気づかない事が多いのでとても有意義かつ今後の課題発表に向けて貴重な情報を得る事が出来た。」
「フィリピンという発展途上国における課題、産業をまず発展させながら今の世の中の脱炭素という潮流に沿わせていくかという両輪を考えなければいけないことに改めてこの国の難しさを感じました。個人的にはひとつ農業という軸で個人レベルでの所得を上げながらデジタルや再エネ等の新しい分野の発展をしていくしかないのかとも思いましたが今のこの国のリソース、日本の強みを活かして何ができるか改めて考えたいと思います。」
「今回は農業分野が中心でしたが、フィリピンが抱える様々な社会課題についてあらゆる角度から触れることができた。経済発展目覚ましい中で、社会制度が経済に追い付いていない現状や域内での格差を鮮明に感じました。まだまだカーボンニュートラルの実現以前のステータスではあるものの、人口等のポテンシャルがあることを踏まえ、日本×フィリピン×GXでビジネスを考え抜きたいと思います。」
といった感想が寄せられました。
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