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脱炭素のジレンマをどう乗り越える? 最前線の挑戦者と考えるエネルギー転換の舵取り

脱炭素のジレンマをどう乗り越える? 最前線の挑戦者と考えるエネルギー転換の舵取り

2022年12月17日に開催された「Green Innovator Forum」。2022年8月末より4か月にわたって開講された「Green Innovator Academy」第二期の集大成となるイベントです。2030年の未来を描き、グリーンイノベーションの更なる創発を目的として、5つのパネルディスカッションが実施されました。本レポートではこれらのうち「エネルギー転換の舵取り」というテーマで行われたディスカッションを取り上げます。
※Green Innovator Forum 各パネルディスカッションは3/31までアーカイブ配信中です

今、エネルギー転換はより複雑で身近な問題となっています。コロナウィルス流行からの経済回復に伴ってエネルギー需要が拡大する一方で、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によってエネルギーの供給量が不安定になるなど、複合的な要因によりエネルギーの需給が乱れ価格が高騰しました。このようにエネルギーの安定供給・安全保障が侵されている状況を「エネルギー危機」と呼びます。そんななかで、2050年カーボンニュートラル実現のためのエネルギーの脱炭素化も求められています。

今回のディスカッションでは、石油開発企業、空調メーカー、「Green Innovator Academy」の受講生のそれぞれから、エネルギーの各分野の最前線で挑戦する3名が登壇しました。複雑さが増すエネルギー転換においてどのように舵を取るのか、転換を進めるうえで必要となるバランスやそれらを支える技術、日本の国際的な役割について深堀りしていきます。

登壇者紹介

伊藤 元重 氏 東京大学名誉教授
神岡 勇気 氏 ダイキン工業株式会社 CSR・地球環境センター
御手洗 誠 氏 株式会社INPEX / Green Innovator Academy 二期生
柴 真緒 氏 東京大学大学院農学生命研究科 キャンパスラボ Cheer!SDGs / Green Innovator Academy 二期生

エネルギーの安定供給と脱炭素のバランス

気候変動問題と密接に関わるエネルギー問題。東京大学の伊藤さんは、「どのような部分にトレードオフがあり、どのような部分にWin-Winの関係があるのかを、しっかりと整理し正しく対応しなければならない」と語ります。

伊藤:
「この10年間を見ると、いわゆる化石燃料への投資に対する姿勢が消極的になってきています。化石燃料への投資が減少した分だけ再生可能エネルギーにシフトさせていくという狙いがあったともいえますが、結果的に現在エネルギー価格が高騰している一因にもなっているという指摘もあり、このエネルギー危機の中でどのようにバランスを取っていくのかという議論が重要です。

一方で、このエネルギー危機そのものが脱炭素への動きを促進させるという見解もあります。

例えば、ロシアからの化石燃料の輸入を制限しているEU諸国は、他国での化石燃料の増産を促しつつも、冷暖房の温度の上限や車の速度の上限を設けるなど、不足するエネルギー供給量を補うための意識変容を消費者・事業者に促しています。また、安全保障の観点からは、国内で再生可能エネルギー(輸入した化石燃料に頼らずに発電することができる)を増やすことへの追い風になるとも考えられます。

このように、多面的に見るとエネルギー危機が脱炭素化への動きにおける大きなマイナスになるとは限りません。できるだけプラス面を見ながら気候変動問題への対応を止めないことが重要になってくると思います。」

伊藤元重 氏

脱炭素への道のりが難航するなか、まさにエネルギーの安定供給を担っているのが、御手洗さんが所属するINPEXです。

御手洗:
「我々INPEXの理念は、エネエルギートランジションのパイオニアとして、石油・天然ガスから水素、再エネ電力まで多様でクリーンなエネルギーを安定供給することです。海外の石油ガスを開発・生産し、日本および世界へのエネルギー安定供給を維持しつつ、同時に脱炭素を達成することにチャレンジしている会社です。

カーボンニュートラルの実現だけを考えれば石油やガスといった化石燃料は必ずしも必要ないですが、今80億人が生きている文明のインフラは化石燃料に依存しています。ですから、上流事業のガスシフトと並行し、再エネ、水素・アンモニア、CCUS事業および次世代エネルギー技術の社会実装を通じて、エネルギー安定供給と脱炭素の両立をゆるやかな形で実現することが我々の使命です。」

エネルギー危機によるエネルギー価格高騰や付随する物価高騰は、世界中で多くの人々の生活を苦しめています。エネルギー危機に際して、化石燃料にいかに私たちの生活が依存しているかを改めて認識できたとともに、気候問題の観点だけではなく脱炭素による安全保障の重要性も浮き彫りになったと言えます。

御手洗誠 氏

エネルギー転換を前進させる技術と制度のイノベーション

INPEXは、エネルギー転換におけるCO2排出削減のための技術的イノベーションも進めています。

御手洗:
「我々は、天然ガスの上流事業におけるCO2削減にも取り組んでいます。具体的には上流事業の石油ガス生産段階で出てくるCO2を地下に貯蔵するCCSや、CO2を地下に圧入することでガスを押し上げて生産性を促進したりする試みです。」

INPEXが取り扱うLNG(液化天然ガス)は、石炭や天然ガスに比べCO2排出量が少ないという利点がある一方で、CO2排出をゼロにできないことと保存の際に-162℃という超低温状態が必要なため貯蔵とエネルギー需給の調整に向かないというデメリットがあります。

御手洗:
「LNGによるCO2排出と調整力の課題を克服するうえで一つのソリューションとなるのがアンモニアです。天然ガスから精製したアンモニアを石炭と混焼することで、発電時の石炭の使用量を削減し、CO2の排出も削減できます。将来的にはアンモニア100%での発電も視野に入ってきており、石油ガス上流事業者や電力会社などが協力してアンモニアサプライチェーンの実現に向けて取り組んでいます。」

一方で、技術のイノベーションの切り口として、既存の設備の省エネを推進し、エネルギーを効率良く使用していくことも重要です。

神岡さんが所属するダイキンは、主に空調機を製造・販売しています。国際エネルギー機関(*1)によると、今後エアコンの需要は2030年に向けて約3倍、2050年に向けて約6倍と世界的に大きく伸びていくことが予想されています。ダイキンは、生命維持や生産労働性という観点から必需品であるエアコンの海外への普及を進めると同時に、欧米での既存のエネルギー効率の悪い燃焼暖房を効率の良いもので置き換えるなどの脱炭素の動きを両立させる取り組みも進めています。

神岡:
「我々は、エネルギー効率のよいエアコンを普及させることで省エネを推進し、エネルギー枯渇やエネルギー需給の問題を解決していくことを目指しています。メーカーとして、我々の機器で省エネを推進することや省エネの製品を世界的に広げることを通じて、エネルギーが足りない状況を改善していくことができると考えています。」

エアコンの省エネにおいて特に重要なのが、空調機において室内機と室外機の間で熱を運ぶために用いられる「冷媒」です。多くの冷媒に用いられているガスは高い温室効果を持つため、気候変動対策において冷媒のマネジメントが重要です。

環境の観点から冷媒を評価する上では、GWP(Global Warming Potential:地球温暖化係数、CO2を基準にした温室効果を示す)という係数が一つの指標として用いられています。
神岡さんは、ダイキンではGWPが従来の3分の1である非常に効率の良い冷媒の普及を促進している(*2)一方で、「GWPだけが冷媒の選択の全てを決めるわけではない」と加えます。

神岡:
「今普及を進めているR32という冷媒は、S+3E、すなわち、安全性(Safety)、エネルギー効率(Energy Efficiency)、経済性(Economy)、環境性(Environment)のバランスに優れた冷媒です。欧州ではGWPゼロを目指す、もしくは自然冷媒を導入するという流れもありますが、我々としては、安全面と経済性のバランスを考えたうえで普及を進めたいと考えています。」

技術のイノベーションだけでなく制度のイノベーションも必要です。Green Innovator Academy2期生の柴さんからは、「化学冷媒の廃棄について、規制がない国・地域においてはどのような対応をしていきたいか」という問いが投げかけられました。

神岡:
「オゾン層保護を目的に採択されたモントリオール議定書や2016年のキガリ改正といった世界的な取り決めに基づいて冷媒を減らしていく動きもあるなか、資源が枯渇していくという観点から我々は冷媒を再生していかないといけないと考えています。

一方で、目には見えない冷媒のガスを管理して回収し再生することは難しく、回収する側にメリットがないと取り組みを進めるのはなかなか大変だと思います。ダイキン工業としては、ポリシーメーカーと共にルール形成をしていくことや冷媒を正しく回収することに対してインセンティブを出していくことを通じて人々の意識を変えていきたいと考えています。」

神岡勇気 氏

エネルギーをめぐる日本の国際的な役割

エネルギー転換において日本が国際的な役割を果たすことも重要です。

柴さんからは、「日本がLNGを確保していくために国際的な関係の中でどのようなことが必要だと考えるか」という問いがなされました。

御手洗:
「現在起こっているLNG価格の高騰に対応してすぐにLNGの供給量を増やすことは、そう簡単ではありません。

天然ガス田を見つけて開発し生産するまでにかかる期間は10年から20年です。そもそも新しいガス田が見つかりにくくなっていたり、産ガス国がガスを国内需要に回し輸出量が減っていたりするという問題もあります。このように足元でLNGをすぐにマーケットに供給できる形になっていないことが非常に大きな問題だと思っています。

ですから、まずは我々のような会社が、自分たちが関わるプロジェクトの生産量を維持・拡大していくことがエネルギー安定供給にとって大事です。一方で、日本としてオーストラリアや米国、東南アジア、カタールなどの産ガス国との連携を強めていくことも必要だと思います。

さらに、LNGがもはやコモディティから戦略物質に変わった今、国際間の融通調整システムを作っていかなければならないと思います。日本はこれまでLNGのインフラ整備をリードしてきており、エンジニアリングから行政支援、コマーシャルインフラまで知見が揃っています。新たなLNGのルールメイキングに日本が官民で入っていくことも重要だと思います。」

2023年5月には、広島県にてG7が開催されます。アジア唯一のG7参加国である日本は、他のG7の国々にアジア地域の情勢やインド太平洋地域の情勢を共有するという重要な役割を担ってきました。

伊藤さんは、「エネルギー問題と環境問題をセットで考える流れを作っていく必要がある。日本が今度G7の議長になるなかで、最大の温室効果ガス排出地域であるアジア唯一のG7参加国として、やれることがあると思う」と語ります。

柴真緒 氏

議論の最後には、カーボンニュートラルの実現に向けて一番鍵になると思うことについて、「脱炭素に貢献し、且つお客様のニーズを満たすソリューションを提供していきたい」(御手洗さん)、「企業活動の中で競争も大事だが、個社ではなく仲間づくりをして一緒に取り組むことが大事だ」(神岡さん)、「最後は社会みんなが同じ方向を向いて行動を連鎖させていくことが重要だ」(伊藤さん)、というコメントが共有されました。

みんなが同じ方向を向きながら、それぞれが自身の舵を持って進んで行くことが重要だと気づかされるセッションでした。

編集後記

伊藤さんの「トレードオフの部分とWin-Winの部分を整理することが大切だ」という言葉が特に印象に残りました。良い部分ばかりを見がちな時に好ましくない部分にもしっかり目を向けられる力、また誰かが得をし誰かが損をするという関係ではなく双方にとってプラスな方向に持っていく力は、これから社会を本当により良く変えていくうえで重要だと思います。Green Innovatorとして大局を捉える姿勢を磨いていきたいと改めて感じました。

Green Innovator Academy 1期生 別木 苑果

*1: https://www.iea.org/reports/the-future-of-heat-pumps
*2: https://www.ac.daikin.co.jp/r32

編集協力:

「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/
IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど、幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。

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