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持続可能な農業のリアルとは?セクターを超えて考える、これからの食と農

持続可能な農業のリアルとは?セクターを超えて考える、これからの食と農

2022年12月17日に開催された「Green Innovator Forum」。2022年8月末より4か月にわたって開講された「Green Innovator Academy」第二期の集大成となるイベントです。2050年の未来を描き、グリーンイノベーションの更なる創発を目的として、5つのパネルディスカッションが実施されました。本レポートではこれらのうち「気候変動と食と農」というテーマで行われたディスカッションを取り上げます。
※Green Innovator Forum 各パネルディスカッションは3/31までアーカイブ配信中です

食と農の分野は気候変動に大きな影響を与え、かつ影響を受けます。また、グローバルな規模で考える必要がある分野でもあります。

例えば、農薬や化学肥料の不適切な使用や多投入は、土壌や水をはじめとした環境への影響が問題視されています。一方で、近年、干ばつや集中豪雨といった異常気象による災害が世界各地で発生し、食料生産にも甚大な被害を引き起こしていることが毎年のように報告されています。このため、世界人口が増加するなかで食料システムの環境負荷を軽減し、持続可能なものに転換していくことがグローバルな課題となっています。

気候変動の下で私たちは今後、持続的な食料生産をどのようにおこなっていくべきかディスカッションを通じて模索していきます。

登壇者の紹介

金平直人 氏 世界銀行グループ人事担当副総裁室 上級戦略業務担当官(2023年より東南アジア及び太平洋諸島デジタル変革担当)
久保牧衣子 氏 農林水産省大臣官房 緑の食料システム戦略グループ長
山崎麻衣子 氏 ヤンマーボールディングス株式会社 技術本部 ヤンマーグリーンチャレンジ推進室
沖原慶爾 氏 京都大学農学部食品生物科学科2回生/Green Innovator Academy 2期生

農業分野で日本がとるべきアプローチ

2021年5月、農林水産省は食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するために「みどりの食料システム戦略」を策定しました。

この戦略では、2050年までに目指す姿として、農林水産業のCO2排出量をゼロにする、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%減らす、化学農薬使用量(リスク換算)を50%減らす(※1)、有機農業の拡大など14の目標が掲げられました。目標達成のために、通称「緑の食料システム法案」の制定、みどりの食料システム戦略推進交付金をはじめとした予算の獲得も行われました。また、この戦略はアジアモンスーン地域の持続可能な食料システム戦略のモデルとして、2021年9月に行われた国連食料システムサミットにおいても発表されました。

戦略が策定されてからこれまでには、生産者の環境負荷削減の努力を「見える化」することやその普及、バイオ炭の施用や家畜排泄物の管理方法の改善により削減した温室効果ガスの量をカーボンクレジットとして販売できる仕組みづくりが進められています。

農林水産省の久保さんはみどりの食料システム戦略を策定した背景について述べました。

久保:
「農業は気候変動の影響を大きく受けます。災害にならずとも、気温が上がるだけでも農作物の品質や収量に影響が出ます。また、生産者の高齢化も深刻です。日本の農業分野は、この気候変動と高齢化の両方の問題にアプローチしていかなければなりません。また、国内の農業生産を支える肥料やエネルギー源はほとんどが海外から輸入されています。これは持続的と言えるのでしょうか。」

「アメリカやEUはすでに農林水産業と持続可能性に関わる独自の戦略を策定しています。しかし、欧米は乾燥冷涼で畑作・畜産が中心、日本は高温多湿で稲作が中心というように、気象条件や農業構造は国によって全く異なるため、欧米の戦略を模倣するだけではいけません。持続可能な食料システムを目指すために、日本は日本なりのアプローチを目指す中で考えたのが『みどりの食料システム戦略』です。」

農業分野に変化を起こしていくためには、消費者も巻き込んでいくことも必要だと久保さんは続けます。

「環境への関心が高まっている中で、将来的な消費市場の変化に向け生産現場も変化を起こさなければいけません。しかし、農業の変革に生産者だけが取り組んでも持続的ではありません。私たちは消費者として、普段の生活の中で食料の環境負荷を感じることは多くありませんが、これからは消費者まで含めた食料システムに関わる人を巻き込んで環境負荷を減らしていく社会にしたいと考えています。」

久保牧衣子氏

「A SUSTANABLE FUTURE」を理念に掲げるヤンマーホールディングス株式会社では、脱炭素社会の実現のため、2022年6月に「YANMAR GREEN CHARENGE 2050」を発表しました。

山崎:
「ヤンマーの原点はディーゼルエンジンにあり、農業の分野では機械化や軽労化に貢献してきました。私たちは、YANMAR GREEN CHARENGE 2050を通じて3つの課題に挑戦します。一つ目はGHG排出量ゼロの企業活動を実現すること。二つ目は循環する資源を基にした環境負荷フリーの企業活動を実現することです。この目標では、リサイクル・有価物化できない廃棄物をなくし、製品リサイクル率100%を目指します。三つ目は顧客のGHGネガティブ・資源循環化に貢献することです。今までの企業活動の枠組みを超えて新しいソリューションを提供出来るよう務めていきます。」

山崎麻衣子氏

転換時のリスクやコストを乗り越えるには?

農業による環境負荷の低減と食料の安定供給のバランスをどのように取っていけば良いのでしょうか。

久保:
「世界的な人口は増え続けている一方で、食料の生産量を減らすことはできません。しかし、今のままの生産方法だと、環境面において揺り戻しが必ず来ます。将来、揺り戻しが来ないためにも法整備を進め、本気で取り組んでいこうとしています。ただ、一年一作が多い農業は突然従来の方法を変更することはできません。農薬散布回数を一回だけ減らすなど、出来るところからやっていくことが必要です。」

この点について、ヤンマーではグリーンなパワーソースを用いた農業機械の提供やスマート農業の導入によって農薬使用量の削減を目指していると山崎さんは話します。

山崎:
「現時点では、リモートセンシングで土壌の様子を見て機械が適所に適量だけ肥料をまく技術を提供しています。実際に商品を使って肥料の使用料を減らし、かつ生産量を維持・増加できたという声も届いています。」

一方で、大学の農薬ゼミで実際に減農薬ミカンを栽培から販売まで行っている沖原さんは、農薬や化学肥料の減量のリスクへの懸念を、自身の経験を元に指摘しました。

沖原:
「私が所属している京大農薬ゼミでは、40年間に渡って省農薬みかんの収量調査から販売までを行っています。みどりの食料システム戦略では減農薬を進めていく方針でしたが、管理しているみかん山では2022年の7月に、農薬を使用していたら発生しない病害虫が大発生し、収量が半減する事態となりました。今回の被害はみかん山の経営にとって大打撃となり、今は持続可能性の瀬戸際に居ます。

農薬を減らすことはメリットだけでなく常に生産量が激減するリスクを抱えていることを痛感しました。」

沖原慶爾氏

また、沖原さんからは、小中規模農家にとってはスマート農業を導入する初期コストが高いということも課題の一つとして指摘がありました。

このようなリスクやコストへの懸念に対して久保さんは、生産者以外への働きかけや予算に頼らない仕組みづくりが必要だ、と訴えます。

久保:
「国の予算の切れ目が取り組みの切れ目になってはいけないので、予算だけに期待しないことが大切です。そのためには、生産者に期待するだけでなく、消費者はもちろん、加工流通業者、農薬メーカー・肥料メーカーにも行動変容を起こすために働きかける必要があります。それに加え、みなさんの行動変容とカーボンクレジットのような経済的なメカニズムを入れることで、この取り組みを持続的にしていく必要があります。」

山崎さんは、自社で行う稲のもみ殻のような農業副産物からバイオ炭を生成する取り組みを例にあげ、農業資源の有効活用により、コスト面での持続可能性に貢献しながら農業分野のカーボンニュートラルを推進していく方法について述べました。ヤンマーでは、こういった取り組みを事業として成り立たせることで、取り組み自体の財政的な持続可能性の担保を目指しています。

山崎:
「農業(副産物)は資源としてもポテンシャルがとても高いと感じています。ヤンマーでは稲作で発生する残渣のもみ殻を用いてバイオ炭の生成に取り組んでいます。今まで廃棄していたものを資源として利用し、資源循環を実現することでカーボンニュートラルを目指しています。

事業でないとみどりの食料システム戦略同様、補助金の切れ目が活動の切れ目になると思います。こうしたスマート農業や農業資源の活用は社会貢献活動やCSR活動ではなく、事業として成り立つよう努力している最中です。」

金平直人氏

日本の農業分野が海外に向けて貢献できること

日本において農林水産業由来の温室効果ガス排出量は全体の約4%ですが、世界で見ると農林業由来の温室効果ガス排出量は全体の約25%にものぼります(※2)

経済的な影響について、緑の食料システム戦略には一時的にコストがかかりますが、環境と生産を両立する技術をアジアモンスーン地域に提供することで将来的な市場規模は倍以上になるという試算もあります(※3)。そこで、アジアモンスーン地域を中心とした海外の国々に対して、日本の農業がどのように貢献していけるのかについて語りました。

久保:
「農林業からの温室効果ガス排出量を削減することは大きな意味を持ちます。気候の特性もあり、日本は水田周りの技術に優れているため、水田技術をモンスーンアジア地域に展開して行く予定です。また化学肥料の使用料を6割削減しても生産が可能である『BNI小麦』の開発にも成功しました。この日本の技術を生かして、持続可能な食料システムを目指した生産の環境負荷低減と生産力向上の両立を日本と気候の近いアジアモンスーン地域に伝えていきたいと考えています。」

山崎:
「一般的には、GDPが上がると農業従事者が減る傾向があります。これからさらなる経済成長を遂げるアジアモンスーン地域の国において、一人の生産者が耕す土地面積は増えていくと考えられます。この負担を省力化し、安定的な食料生産を実現するスマート農業の技術を提供することで、今後海外の食料生産に貢献したいと思っています。」

編集後記

「食と農」という分野は我々の生活とは切っても切り離せない分野であることを改めて実感しました。上流から変わっていくことを待つだけでなく、減農薬・有機栽培している農作物を選ぶなど、私たちも消費者として自分の出来るところから行動変容を起こしていく必要があると思いました。また、農業は気候変動だけでなく、食糧問題にも大きくかかわっており、グローバル規模で解決策を考えるといったマクロの視点を持ちつつ、生産者にしか分からない知見を見落とさないようミクロな視点も持つことも必要だと感じました。
Green Innovator Academy 1期生 中村文香

※1 「みどりの食料システム戦略」 KPI2030年目標の設定について
※2 農業分野における 気候変動・地球温暖化対策について(農林水産省)
※3 「みどりの食料システム戦略」の実現により 創出される市場規模の推計(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

編集協力:

「IDEAS FOR GOOD」https://ideasforgood.jp/
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