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渋澤健がZ世代のグリーンイノベーターに伝える、カーボンニュートラルにおける金融分野の役割

渋澤健がZ世代のグリーンイノベーターに伝える、カーボンニュートラルにおける金融分野の役割

気候変動への対応として、世界各国が脱炭素を目指して動き出しています。そんななか日本政府は、2020年10月に「2050年カーボンニュートラル実現」の目標を掲げました。さらに同年12月に上記に基づいて策定されたのが、民間企業の大胆なイノベーションを促し、新しい時代に向けた挑戦を応援する「グリーン成長戦略」です。戦略では、今後成長が期待される14分野の産業に対する高い目標が策定されています。また、脱炭素社会を目指して政府が現時点で考えるエネルギー政策及び今後のエネルギー需給の見通しが2050年までのロードマップとして示されています。さらにこの戦略の中で政府は、「温暖化への対応を、経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の機会と捉える時代に突入した」とし、カーボンニュートラルの実現に必要なイノベーションを起こし、それが日本の成長の源泉になるといった「経済と環境の好循環」を作ることを狙いとしています。さらに、こういった流れの中で立ち上がったのが、将来世代をグリーンイノベーターに育成するプログラム『Green Innovator Academy』です。2021年10月に開始されたこのプログラムでは、毎年100名の社会を変える意欲ある学生たちが選抜され、半年間かけて講座やフィールドワークを通してイノベーターに必要な学びの機会を提供されます。今回は、プログラムの一貫として、Z世代の学生たちが、プログラム講師のひとりであるシブサワ・アンド・カンパニー代表取締役で、創業されたコモンズ投信を通じて長期投資に取り組んでいる渋澤健さんを訪ね、金融分野とカーボンニュートラルの関係や、グリーンイノベーションを起こすための金融の在り方などについてお話を伺いました。

金融分野に必要なのは、非財務的「価値」を測るスタンダード

2015年に採択されたパリ協定では、「産業革命以前と比較して平均気温の上昇を2度より低く抑えること、そして1.5度以内に抑える努力を続けることを目標とする」ことが示され、187の国と地域が批准。さらに、現在は120以上にのぼる国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げ、脱炭素化に向けた大胆な政策措置を次々と打ち出しています。

そんな昨今の経済・社会の大きな変化の流れを牽引しているのが、金融業界です。

「E=環境」「S=社会」「G=ガバナンス」を重視した経営を行う企業へ投資する「ESG投資」の投資額は2020年時点で35.3兆ドル(約3900兆円)にもおよぶとされ、「CDP(Carbon Disclosure Project)」や「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」などを通して企業が環境関連の情報を開示する動きも加速しています。

日本では、2020年10月時点で311の企業・機関が「TCFD」に賛同し、その数は世界第1位となっています。また、民間主導でTCFDへの対応を推進していくための組織「TCFDコンソーシアム」には、経済産業省、金融庁、環境省がオブザーバーとして参加しています。

今後さらにカーボンニュートラルを推進していくためには、金融分野においてどのような動きが必要となるのでしょうか。渋澤さんは、「ESGにあたる『非財務的な価値』を評価するためのよりわかりやすい『スタンダード』、いわゆる“共通言語”を作ることが必要」と語ります。

「これまでの資本市場では、企業の持つ価値の中で一番簡単に数字で可視化しやすい『利益』や『売上』などを基準に投資判断が行われてきました。これが、数字で表せる『財務的な価値』ですね。

投資の世界で『ESG投資』の表現が現れたのは2005年頃で、その議論は環境的・社会的課題である「外部不経済」をガバナンス重視で取り組むことを企業の大株主になる機関投資家へ訴えるところから始まりました。

外部不経済の問題は経済モデルに取り組むと複雑化することだと思います。自社の財務的に可視化できること、例えば、「利益の最大化」の方がシンプルな考え方ですからね。シンプルであるということは、普及しやすいというメリットがあります。

また、個別企業の非財務的な情報開示だけでは、他企業との比較は不可能です。

実は、私は数年前に総合商社をCO2排出量を売上や利益で比べてみようと単純な計算しようと試みたことがありましたが、それが予想以上に難しかった。理由は、各企業は自社のCO2の排出量を公開していたのですが、使っている単位や計測しているものが異なっているようで、結局それらを比較することができなかったからです。一部のESG投資の専門家であれば理解できたのかもしれませんが、私のような専門家でない投資家には非常に難しかった。

ですから、ESGの専門家だけではなく、一般的な投資家も理解できるスタンダードが必要です。それによって、企業が持つ財務以外の価値を正確に比較できると、投資家はESGの観点から適切な投資判断をできるようになるからです。逆にそれがないと、結局『売り上げ』や『利益』だけが企業の価値判断の横比べの尺度になってしまいます」

「そのうえで、ESGのメインプレイヤーである機関投資家が意識を高めてそのスタンダードを理解し、企業との仲介役として個人投資家に説明できるようになることが必要です。また、日本の企業や機関投資家からは、『また自分たちの知らないところでルールが決まっちゃってるよね』という“ぼやき”がよく聞かれます。ただ、決まったルールで文句を言うだけでなく、決めるプロセスからテーブルに日本の企業や機関投資家も席を確保することが大切だと思います。

『E=環境』に関するルールはかなりの部分が決まってしまっていますが、『S=社会』の部分はまだまだこれからですので、そのルールメイクの参画は日本にとって重要です。

イノベーションを加速するのに必要な、スタートアップ評価の仕組みや土壌

さらに、脱炭素社会の実現に必要なイノベーティブなスタートアップを生み出すためにも、「これまでと異なる価値の測り方が必要」と渋澤さんは説明します。

「先ほどと同じで、これまでの財務的な尺度では、これから必要となってくる、可視化できない『価値』を表せないことが問題です。例えば、企業の生物多様性への取り組みを評価しようとしたときに『生態系の中で、どの生物がどういうところにいる』といったことを、どのように数字に落としこむのかは確立されていません。

また、昨今はこれまで測られてきた『量の成長』とは違う価値判断として、『質の成長』が求められるようになってきました。しかし、その価値の測り方もまだ不十分なのです。

ですから、金融分野にはそういった『見えない価値』を可視化するイノベーションがやはり必要です。これはすごく難しいことだと思いますが、だからこそ実現すればイノベーションと言えるのではないでしょうか」

「また、私は日本においてスタートアップに割くお金が足りないとは考えていません。むしろ、新しい事業モデルやスタートアップが出てきたときに、歓迎し、一緒に育む土壌がないことの方が問題です。

日本社会はアメリカなどと比較してニュープレイヤーには冷たい傾向があり、これはグリーン分野に限ったことではありません。既存勢力による、自分たちの仕事やマーケットを守りたいという気持ちがそうさせているのですが、これでは挑戦する人はいても育っていくのが難しいでしょう。

ですから、スタートアップがグロース(成長)ステージに入ったときに、お金以外の資本、例えばネットワークや企業が成長するための何らかのサポートを投資家が提供し、スタートアップを育む姿勢を持つことが必要です」

さらに渋澤さんは、脱炭素社会の実現に欠かせない『官民連携』を考えるときにも価値の計り方は重要だと強調します。

「官民連携の難しさのひとつは、それぞれのセクターが異なる尺度で物事の価値を測っているから。例えば、民間である企業は利益をあげること、つまりアウトプットが最も重要な尺度になりますが、政府や自治体といった官はどちらかというと予算をどれくらいとったかというところ、つまりインプットに注目している。

それを共通の方法で測ることができれば、もう少し目線が合いやすくなるのではないでしょうか」

最終的な目標は会社を潰すことではなく、“排出されるCO2のネット・ゼロ

ESG投資のひとつの伝統的な手法としてあるのが、気候変動や社会にマイナスの影響を与えるとされる企業から投資を引き揚げる「ダイベストメント」です。近年のESG投資の拡大と共に、世界中で特に化石燃料関連の企業から投資撤退の事例があります。

一方で、ESG投資やステークホルダー資本主義を打ち出しながらも、化石燃料の会社に投資し続ける大手の機関投資家も存在します。その理由について、渋澤さんはこう語ります。

「個人が化石燃料に反対して持っている株を売るというのであれば問題ありません。しかし、全業界の株を持っているような巨大な機関投資家が、仮に石油企業の株を全て売っても、マーケットでは他の誰かが必ずそれを買うので、本質的にはあまり意味がないのです。

ですから、ダイベストメントで株を手放すのではなく、むしろ持ち続けて、石油企業の排出したCO2の削減や回収等を促す『エンゲージメント』を行うことが必要です。最終的な目的は、その会社や業界を潰すことではなく、あくまでO2の排出ネット・ゼロですから」

「今の世の中で、『CO2を排出している石油企業に投資するなんてけしからん』という声があるのもわかりますし、それが不必要というわけではありません。でも、考えてみてください。そう言っている人たちの家にもその化石燃料で作った電気があり、それを使っている現実があるのです。

また、その業界で働いている人たちもたくさんいて、その仕事がなくなるとその人たちやその家族も苦しむことになります。

ですから、石油企業のCO2の排出をどう解決するのかという具体的な議論──例えば、回収してリサイクルするCCUなどにも、きちんと着眼し、考えていくことが大事なのではないでしょうか」

社会の変革に必要なのは、人類にしかない「想像力」と「主体性」

偏った議論に陥らず、さまざまな視点をもったうえで議論を行い、最適な方法を考えていく。それはまさに、Green Innovator Academyで学生たちが学んできたことでした。

とは言え、異なる価値観を持つ人と協働していくのは、そう簡単なことではありません。「これについては、正しい答えはないよ」と言いながらも、渋澤さんが学生たちに提案したのは、「人類にしかない『想像力』をフルに使うこと」でした。

「自分と異なる意見を持つ人がいたときに、なぜ相手はそう言っているのかということを、常に考えることが大事です。それは、ちょっとめんどくさいかもしれないけれど、だからこそ非常に大事で、本来は誰もができることなのです。

今世界で起こっている戦争なんかもまさにそうですが──自分の視点しかなければ、物事は絶対に解決できないからです」

「また、社会を変えるためには、ミクロとマクロの2つの視点を同時に持ったうえで、主体性を持って行動することが重要です。マクロの視点、つまり全体観を持ったうえで、ミクロレベルで自分にできることを少しずつでもやっていく。それらが合わさって、何か解決策が出てくるのではないでしょうか。

気候変動や平和維持といった大きな課題は、個人のアクションだけでは絶対に解決できません。でも、個人にできることをみんながすることで、良い方向に向かう可能性は高くなる。理想的に聞こえるかもしれませんが、方法はそれしかないのではないでしょうか」

 最後に、渋澤さんから将来を担う学生たちに向けて、応援のメッセージをいただきました。

「これからの時代に大事なのは、自分自身で問いを立てて行動する力を身つけることです。『Why?』と問うことができるのは、人間だけが持つ特徴ですからね。

大事なのは、とにかくはじめの一歩を踏み出してみること。そして、もし踏み出した方向が逆だったとしたら、一歩戻れば良いのです。自分で行動することでしか得られないインプットがあり、その先に、さらなるアウトプットがあるからです。

変化の激しい今の時代、正しい答えなんて誰にもわかりません。だから、一歩ずつ踏み出してみて、そこで違う景色が見えてくるのを、楽しんで欲しいですね」

澤 健(しぶさわ けん)

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役CEO。コモンズ投信株式会社取締役会長。 渋沢栄一の子孫(玄孫)。経済同友会幹事、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授、「新しい資本主義実現会議」等、政府系委員会のメンバー多数。

 

Green Innovator Academy

一般社団法人Green innovation主催で2021年にスタートした、2030年までに1000人のイノベーターを育てる人材育成プログラム。現役学生100名、若手社会人30名が選抜され、オンライン講座や現地フィールドワークなどを通し、半年間かけて気候変動やエネルギーを取り巻く世界情勢などを学び、リーダーシップやセクターを越えた協働に必要な能力を習得していく。

※インタビュアー:吉野 知明さん(東京大学大学院 修士1年)、大河原 優希さん(早稲田大学 大学4年)、山岸 翔一朗さん(早稲田大学 大学2年)

編集協力:

「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)
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