2022年3月14日に開催されたGreen Innovator Forum。学生、若手官僚、起業家、有識者などが、グリーンイノベーションの創出に向けて議論しました。
パネルディスカッションは全5回。最後のテーマは「Future of Green Innovation-Green Innovationの未来-」でした。
世代や分野を越えてグリーンイノベーションを起こしていくには、どんなことが必要なのでしょうか。人材、企業の変化…
暮らしたい未来のために、私たちが取り組むべきことについて対話します。
渋澤健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
大塚友美 トヨタ自動車株式会社執行役員Chief Sustainability Officer
柏倉美保子 ビル&メリンダ・ゲイツ財団
小沼大地 NPO法人クロスフィールズ 共同創業者・代表理事
米谷道 東京大学大学院/経済学研究科 Green Innovator Academy1期生
まずは、自己紹介です。
渋澤健氏
渋澤:
このセッションのテーマは「未来」です。未来は1人で作るのではなく、大勢の人が立場や分野を超えて協力しながら築いていくものです。まさに今回は、大企業、NPO、慈善団体、学生とセクターを超えて議論します。
皆さんの北極星を教えてください。北極星は動かない星。変わらず大事にしているものは何ですか。
大塚:
私の北極星は、「多様性を軸に会社そして社会を変革していくこと」です。
トヨタのミッションは「幸せの量産」。画一的なものではなく、1人ひとりに寄り添い多様な幸せを届けます。「自動車を作る会社」から「モビリティカンパニー」へとモデルチェンジし、「移動」に関わるあらゆるサービスを提供できる会社になりたいと考えています。
カーボンニュートラルにおいても、多様性が大切です。世界には、砂漠もあれば、渋滞がひどい地域、暑さが厳しい地域もあります。カーボンニュートラルを達成するためには、一つ一つのニーズに寄り添うことが大切です。
もう一つ、社会課題の解決に必要なのは、仲間との共創だと思います。
小沼:
私の北極星は、「社会課題が解決され続ける社会をつくること」です。そのために、企業に勤める方々が社会課題解決の現場で働く機会を提供しています。それにより、社会課題の知識を得るだけでなく、自分事として捉え行動を起こすことのできるリーダーを増やしたいです。
具体的に行っている事業を2つ紹介します。1つめは、留職。大企業の若手の方が、新興国と日本のNGOやスタートアップの一員となり、社会課題の解決を行うプログラムです。例えば、味の素の研究者がラオスで栄養改善に取り組むプロジェクトに携わってくれました。味の素で培ったスキルを通じて、現地に貢献し、研究者自身も成長する。こういったプログラムをコーディネートしています。2つめは、企業の幹部の方々に、新興国に行って、社会課題を体感してもらうプログラムです。ESGやSDGsというムーブメントの高まりとともに、社会課題とは何かを知りたいという想いを持つ人が増えているからです。
ビジネスパーソンと社会課題解決の現場をつなぐのは、ビジネスと社会課題の現場の両方を経験したことがきっかけです。大学卒業後は、青年海外協力隊に所属し、シリアで2年間仕事をしました。その後、マッキンゼーで3年間働きました。だからこそ、クロスフィールズを立ち上げ「両方の世界をつなぐ」という役割を果たしたいと考えるようになりました。
渋澤:
クロスフィールズの「フィールズ」は、「セクターを超える」という意味ですか。
小沼:
そうですね。企業や行政、NPOというセクターの枠もそうですし、「自分の枠を超える」という意味もあります。
柏倉:
ビルアンドメリンダ財団に所属しています。「全ての生命の価値は等しい」という信念を掲げ、活動している組織です。アフリカでは、ワクチンで予防できるような病気で毎年多くの子どもたちが亡くなっています。このことを1990年頃にアフリカを訪れた際に知ったビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツが2000年に設立しました。
北極星は6歳の私自身です。6歳の時にメキシコへ旅行に行きました。そこで同い年くらいの女の子に物乞いをされたんです。その時に感じたのは「大人はなぜこんな社会経済システムをつくったのか」。この疑問と怒りがキャリアの原点です。
最初のキャリアは、金融を選びました。企業価値の定義に疑問を感じたからです。「株主価値を最大限にすることが企業価値である」という定義に違和感を感じ、金融の指標や会計基準といったシステムの在り方を変えたいと思いました。
渋澤:
6歳の少女の「怒り」が、世界最大規模の財団(慈善団体)で仕事をすることに繋がっているのですね。時に、怒りは良いエネルギーです。
米谷:
東京大学大学院の経済学研究科に所属しています。人間がどう意思決定するかを経済学を使って考えることに興味があります。
「幸せに暮らせる地球はどうやったら訪れるのか考え続けること」が私の北極星です。小学生の頃、地球温暖化を予測するグラフを目にして、自分が高齢になった時の地球の暑さを想像したのがきっかけです。
集合写真 登壇者5人とGreen Innovation菅原、坂野
「脱成長」という言葉を聞いたことはありますか。『人新世の「資本論」』で著者である斎藤幸平氏が、気候変動や格差といった地球規模の課題に対する解決策として主張している考え方です。パネリストらが考える「成長」とは…考えを共有しました。
小沼大地氏
渋澤:
斎藤幸平氏が書いた『人新世の「資本論」』がベストセラーになっています。本の中で「脱成長」という問題提起がされています。脱炭素を目指すには、成長を止める必要があるという主張です。経済界にずっと携わっていますが、脱成長なんて考えたこともありませんでした。成長とは何なのでしょうか。皆さんの意見を聞かせてください。
小沼:
GDPや時価総額、給料の増加といった貨幣価値の成長だとしたら、「脱成長」に賛成です。というのも、シリアで暮らしていた時に、日本より経済的に豊かでなくても幸せに暮らしている人たちをたくさん目にしてきたからです。
一方で、成長しない社会で暮らしていれば幸せかと考えると、そうでもないと思います。「今日よりも明日が豊かである」という希望を持てないと生きていけないと思うからです。そのため、1人ひとりが成長の定義をすることが大切だと思います。
「成長とは何か」という問いへの答えは個人が探すものであり、主観的なもの。「主観的な幸せ」が増えていくことが、これからの成長につながっていくと考えます。
渋澤:
1人ひとりの幸せの定義があるべきだということですね。
米谷:
経済学では、幸せを数字で表そうとします。物が多い方が幸せ、働く時間が短い方が幸せ、現金を持っている方が幸せといった具合です。幸せは貨幣的成長などに比べると数値化するのが難しいですよね。そのため、幸せを目指すことや予測することは難しいだろうと思います。
柏倉:
「成長」のために共創する仕組みがあれば、成長は大賛成です。社会や環境を良くするために、民間企業やNPOが最大限協力してほしい。ですが、今の資本主義経済は、ひたすら利益の成長だけを追い求め、企業の価値観の多様化が進んでいないので、そこに課題を感じます。
大塚:
トヨタにも台数や収益だけを目標に掲げてきた時代がありました。ですが、リーマンショックが起き、売上台数が落ち、赤字になりました。それからは台数や収益を目標にしないと決め、「車づくりを通じて社会に貢献すること」を考えながら経営をするように変化しました。例えば、東日本大震災の際には、寄付ではなく、工場を東北に移すことで雇用を生み出し、税金もおさめるということをしました。
コロナが起きた時には、台数は落ちたのですがシェアは上がりました。ですので、台数や収益を目標にしなくても企業は成長できると実感しました。投資家の方々にも、こういったことを伝えています。
「企業価値は数値で測るもの」。そんな当たり前を見つめなおし、企業価値の測り方の理想を語り合いました。
柏倉美保子氏
渋澤:
投資家によって考え方は様々ですよね。利益を重視する人もいれば、企業の社会的価値を重視する人もいる。色んな投資家がいることが大切であり、企業は投資家と対話することが重要です。
成長や企業価値の測り方が財務的であるとイノベーションは起こりづらいと考えます。財務的というのは、GDPや収益といった基準です。測り方にこそ、変革が必要ではないでしょうか。皆さんはどう考えますか。
柏倉:
投資家や経営者は、財務諸表をもとに投資したり、経営判断を行ったりしますよね。ESGに関する取り組みは財務諸表には記載されないので、社会的、環境的インパクトの大きい事業について公正に判断する仕組みが整っていないと思います。そのため、企業が与えるインパクトを財務諸表に載せることを目指して「インパクト加重会計」の提案をしています。
投資において、企業価値の多様化が肝心だと考えます。「トヨタのように震災のあった地域で雇用を生み出している会社に投資したい」「財務上は赤字だが、一人親世帯の働き手を積極的に雇用している会社に投資したい」といった、1人ひとりの価値観を反映できるようにするためにも、企業価値を多様化することが大切です。
渋澤:
現在の会計制度は、企業の透明性を高めることを目的に1933年頃に米国で始まりました(1933年証券法)。当時は「業種や規模が違うのに1つの数字にまとめられるわけがない」と、抵抗があったそうです。でも、今は当たり前になっていますね。
インパクト加重会計も、数十年後には当たり前になっているかもしれません。
企業の立場で非財務的な価値の可視化について感じることはありますか。
大塚:
非財務情報の開示を求める動きが広がっていますね。これまでは「開示しなくて済むなら出さない方がよい」と思っていました。ですが、悪い数字だとしても共有し、改善していく過程を知ってもらうことが大事だという考え方に変わってきました。
一方で、全てを数値化することには違和感があります。数値化できないものは改善できないという考え方もありますが、それだけでは表すことのできないことがあると思うんです。具体的なビジョンをストーリで共有することがあってもよいと思います。例えば、ウーブン・シティ(トヨタが開発する、先端技術を取り入れた実験都市)で広がる光景をシェアする形でも良いのではないでしょうか。
数値に変わる企業価値の表し方とは…Green Innovator Academy1期生である米谷さんは新しい考え方を共有しました。
米谷道氏
渋澤:
柏倉さんや大塚さんの話を聞いてどう思いますか。
小沼:
肯定的に捉えていること、危惧していることの2つを話します。
ポジティブな面は、企業価値の多様化が広まっていることです。例えば、クラウドファンディングは素晴らしいイノベーションだと思います。自分が応援したいところにお金が提供できるわけです。それぞれの価値観をもとに、気軽に投資できる仕組みができたのは良いことだと思います。
危惧している面は、ESGのE(環境)ばかりに注目が集まってることです。カーボンニュートラルは、比較的簡単に数値化できるため企業にとって公表しやすく、利益を生み出しやすいのです。一方で、ダイバーシティや紛争解決に取り組む企業は少なくなってきてしまいました。非財務情報の中で数値化しやすいものばかりにフォーカスが当たったことで、数値化しにくいものは置き去りにされています。
渋澤:
確かに「数値化さえすればよい」となると、手段が目的化してしまいますね。何が目的で手段かを明確に考えて行動することが肝心ですね。
小沼:
本日の第一回目のセッションで、「ESGやISSB(国際サステナビリティ基準審議会)といった制度設計をすることが大切である」という話がありました。もう一つ重要なのが、ゴールを設定することだと思います。ルールだけを設定し、ルールが目的化してしまってはいけません。ゴールから考えることが必要なのではないでしょうか。
渋澤:
仰る通りです。ルールセッティングは、一部のヨーロッパの国だけで行われるのではなく国際的に行われます。問題は、それに関わる日本人が圧倒的に少ないこと。ルールやゴールが設定される場に携わる日本人を増やすことも意識していくべきです。
米谷:
言葉で伝えられる価値があると考えます。半年間のGreen Innovator Academyのプログラムで感じたのは、相手に伝えるときに、それについてどれくらい考えていたかが言葉に表れるということです。少し考えただけでは、難しい言葉を使ってしまいがちです。考え抜いて、心から納得いっているものは、シンプルな言葉で表せるのです。そしてそれは限りなく数値に近く、色んな人に伝わる言葉になります。価値は、簡潔で多くの人に伝わる言葉で表現できることが大切だと思います。
最後に1人ずつ、伝えたいことを話しました。
大塚友美氏
米谷:
自分が見ているものややりたいことを伝えられる人になりたいです。数字だけでなく、言葉や図を用いて伝えられたら良いと思います。シンプルに、一人でも多くの人に伝えられる人になりたいです。
柏倉:
ビル&メリンダ・ゲイツ財団の活動をしていて、困難な課題を若い世代が簡単に解決してしまうことがたくさんあります。ですので、若い方々のソリューションにとても期待しています。既存の発想にとらわれず、新しいアイデアを出し続けてください。
小沼:
人とは違う道を歩んでみてください。人とは異なるキャリアを選択する上で自分の道を歩んで来れたと感じます。
大塚:
サステナビリティは1人の人間として問題に向き合って行くことが重要だと思います。ビジネスパーソンになる必要はないですし、鎧を着る必要も全くないです。会社の中でも自分の気持ちを素直に話してほしいですし、私自身もそうしていきたいです。
渋澤:
様々な視点を持って下さい。おそらくGreen Innovator Academyに参加し、新しい視座が得られたことでしょう。多様な視点を持つために、新しい環境に身を置きましょう。新しい環境に参加してみることで、自分のことも違った視点で見つめなおすことができるようになります。
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