
本企画ではGreen Innovator Academyを卒業し、環境分野でのキャリアに関心を持つ次世代のイノベーターに向けて、環境分野や気候変動の解決に取り組む第一線の専門家へのインタビューを実施します。最前線で活躍するプロフェッショナルの実践や思考に迫り、キャリアや研究のあり方を探ります。
記念すべき第1回記事は現在、気候科学・気候コミュニケーションを研究分野とする東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏にお話を伺いました。
PROFILE
江守 正多(Emori Seita) 氏 (写真右)
東京大学未来ビジョン研究センター教授。
気候変動に関する政府間パネル第5次・第6次評価報告書主執筆者。

お仕事のきっかけや背景について
ー江守さんは長くつくばにある国立環境研究所に勤めていられました。現在のご職業(東京大学未来ビジョン研究センター 教授)に就任された経緯を教えて下さい。
僕の場合は以前共同研究を行っていた知人からお誘いがあり、異動することになりました。お話を頂いてから教育に関われる点や新たなチャレンジへのきっかけとなる点に魅力を感じ、東京大学で働くことに決めました。
ーこれまでのキャリアの中で特に転機となった出来事はありますか?
学生時代から就職してしばらくの間、気候モデリングの研究に携わっていました。気候モデリングとは、大気や海洋などの中で起こる現象を物理法則に従って定式化し、コンピュータによって擬似的な地球を再現する研究分野です。社会的にはシミュレーションによって将来の気候変動を予測し、その影響を「見える化」できることが期待されていました。しかし、当時自分が論文として発表していた研究内容が、地球環境問題の解決にどれほど結びついているかに疑問を持つようになりました。そんな折、2002年に「地球シミュレータ」という当時としては世界最高性能を誇るスーパーコンピュータを用いた地球温暖化実験プロジェクトが立ち上がることになり、出向したいと希望しました。その結果、2002年から5年間にわたり、プロジェクトの現場責任者の形でこの地球シミュレータのモデル開発に携わりました。地球シミュレータには世界中の研究者が関心を示したため、国際的な繋がりも出来ました。この経験がきっかけとなり、後のイギリスでの研究にも繋がりました。その為、地球シミュレータのプロジェクトの参加に手を挙げたことが明確に自分のキャリアにおける転機だと考えています。
ー就職当初、思い描いていたキャリアと今のご自身の姿は合致しますか?もし違う場合にはどのように違いますか?
今となっては就職当初に何を思い描いていたかあまり覚えていません…(笑)。ただ関心の変化と共に気候モデリングから気候変動と社会の関わりの方向性に研究分野をシフトしました。もちろん気候モデリングの重要性は理解しているものの、シミュレーションの結果が社会的に不確かだと思われすぎているあるいは信頼されすぎている状況に対して向き合ってみたいと考えたんです。さらに現在は研究も進めていますが、より一般向けに気候変動を解説する立ち回りの方が多くなりました。今振り返ると、これは昔から思い描いていた姿だと思います。
学生時代について
ー学生時代に挑戦して良かったこと・熱中していたことはありますか?
学生時代はだらだらと過ごしていた気がします(笑)。河合塾のバイトで出会った他大学も含む学生と仕事や遊びなど一緒に過ごした時間が一番熱中したことだと思います。
ー逆に挑戦しておけばよかったと思うことはありますか?
外国に早い時期から行くことかなと思います。(海外で生活すると、)やっぱり英語が流暢になりますよね。あとは海外でネットワークを作るとか、異なる文化の中で醸成される新たなアイデンティティを獲得するとか、そういう経験は貴重だと思います。
ー環境分野に興味を持ったのはいつ頃・どんな体験からでしょうか?
高校二年生の時に発生したチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故の影響が大きいですね。事故のあと、日本でも原発は安全か危険かというテーマでたくさんの討論番組が放送されていました。私は当時、それを見ていればどちらの意見が正しいのか判断できるはずだと思っていたんです。しかし実際にはどちらの意見も一理あり、判断することが出来ませんでした。結局、何が正しいのかを簡単には決めることが出来ない。社会問題は立場や価値観が違えば、見え方も変わるものなんだと気づきました。そして、そういう”決着のつかない問題”こそが、社会を悩ませる本当に難しいことだと気が付きました。この構造に気づくことが出来たのは自分にとって大きな経験だったと思います。この経験から理系が重要な役割を果たすことが出来る社会問題の解決に貢献したいと考えるようになりました。またちょうど大学生のとき、気象庁が翻訳したIPCCの報告書と出会いましたし、その頃(1990年頃)は冷戦が終わり、国際社会のアジェンダが地球温暖化などの地球環境問題に移行していった時期でもありました。そうした流れの中で、科学が社会とどう関わっていくべきかということを意識するようになったのかもしれません。
気候市民会議について
ー現在、日本の様々な市町村で行われている気候市民会議に有識者としてご参加されていると思います。日本での気候市民会議に関わり始めた背景を教えて下さい。
世界で気候市民会議が始まる前に日本の研究グループがミニパブリックスの研究を行っていました。このグループが気候変動に関するトピックを扱う際に、声をかけてもらったのがきっかけです。その後イギリス・フランスで気候市民会議が始まり、日本で最初に行った「気候市民会議さっぽろ2020」の際にも企画側で参加しました。
ー日本の気候市民会議の課題・限界点についてお考えがあれば教えて下さい。私自身は参加希望者の偏りや参加報酬、また有識者の選定に課題があると感じています。
おっしゃる通り、情報提供者の選定には課題が存在すると思います。札幌の気候市民会議では助言委員会を設置して地域の専門家を推薦し、同じテーマで異なる意見を持つ有識者にお話頂きました。イギリスで国レベルで行われた気候市民会議では1つのテーマに対してInformation Provider(情報提供者)とAdvocate(主張者)という2つの役割を分けて情報提供を行いました。このように予算や時間との兼ね合いはありますが、同じテーマに対して何人かの専門家が話す体制を整える、本当はそこまでやらなければいけないと考えています。
ー今後気候市民会議を通じて、社会や業界にどのような影響を与えたいと考えていますか?
最終的には国として気候市民会議を開催してもらいたいですね。ただその前に、やっぱり気候市民会議について知らない人が多いですよね。だからまずは知名度を上げていくことが大切かなと思います。あと個人的な希望としては、気候市民会議における提案内容もよりラディカルな、今までの思考の枠を超えるようなものになると面白いなと思います。
今後の展望について
ー今後挑戦してみたい事や実現したいビジョンがあれば教えて下さい。
東京大学に異動してから何をしようかと考えていましたが、最近は気候コミュニケーション研究の日本の拠点を作ることが自分の仕事なんじゃないかなと思っています。関連する研究者を集めてネットワークを作ることが出来るハブを形成したいです。
ー現在、米国を中心に気候変動対策に対する政治的バックラッシュが起きています。この状況において環境意識や気候コミュニケーションを広める上で重要になるポイントはどのような点でしょうか?
(米国政治というより、より一般的な話をすると、)私自身は分断を繋げていくことが大切だと思います。気候変動はリベラルのアジェンダではなく、市民全体のアジェンダであると認識される必要がありますよね。気候変動について誰かに話す時は、相手の立場に立ち、相手の感情をよく理解して、相手に受け入れられるメッセージを発信することが大切だと思います。
読者へのメッセージ
ー最後に本記事を閲覧している読者にメッセージをお願いします。
気候変動に関心を持つ人たち(特に学生の皆さん)は、それぞれの立場から本当に幅広い分野で活躍していますよね。アクティビストとして行動する人もいれば、クライメートテックの分野で技術的な解決を目指す人、政策提言に取り組む人もいる。アプローチの方法は違うかもしれないけれど、目指しているビジョンは同じことが多いですよね。だからお互いにリスペクトし合いながら、様々な角度からこの問題に立ち向かって貰えると嬉しいですね。私もサポートをしていきたいと思っています。
本日は貴重なお話を頂き、有難うございました!
ーインタビュー後記
今回は、私が気候変動に関心を持ち始めた頃から、ご著書を通じて多くを学ばせて頂いている江守正多さんにお話を伺いました。お話を通じて、改めて環境分野で働くことの魅力と、社会的な重要性を実感しました。また、江守さんの穏やかなお人柄とお言葉からコミュニケーションにおいて大切にすべき姿勢を学ぶことが出来ました。本当に貴重なお時間を頂き、有難うございました。(GIA4期 星野文香)
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